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叫びたいときだってある

いろいろとさ。

何者 にもなれない私たち

「結局、私たちは何者にもなれないんだよ」

…就活をテーマにした映画のセリフ。

 

確かに、そうなんだと思う。

就活が始まる時、若者はみーんな、それぞれ理想を描く。

 

いつか本にでもなりそうな、サクセスストーリー。

一流の会社に入社して、同期の中でも成績優秀で、

企画、プロジェクトリーダー、その道の第一人者…

年収は○○歳には○○くらいもらってて……

 

でもそんなの、すぐに無くなる。

そもそも、描いていた分野の職に就ける人がまず一握り。

 

他はみんな、 どこかで折り合いをつけて、そこらの会社に入社する。

そしてそこで、上には上がいることを知る。

 

自信があったことでも、自分のレベルなんてかるーく飛び越えちゃう奴がうじゃうじゃ。

退屈な人間関係。なーんの尊敬もできない上司に、ペコペコ。

…それが社会だからね。

 

その鬱憤は、尽きることなくマウンティングの燃料となる。

あいつの年収はいくらだ、出世が噂されてるだ、

私の方が可愛い、若い、彼氏のスペックだっていい…

 

必死に自分すり減らしながら生きて、でもある時ふと我に返って

「自分は何のためにこんなに頑張ってるんだろう」って。

 

確かな虚無感を感じながらも、どうしようもない。

もうどこにも行けない。どこに行ったらいいのかも分からない。

 

そしてまた同じ明日を繰り返す。

 

 

最近頑張っちゃって、でも報われなくて、っていう人のドラマや漫画が人気ですね。

「グサグサ突き刺さる」って。

 

やっぱり皆何かしらの違和感は感じてて、でも見ないふりしてるんですよ。

そこを的確に言葉にされるから、刺さる。私だけじゃないんだ、って安心する。

 

…でもその先は?

“幸せ” になるために、結局私たちは “何者” になればいいの?

どこを目指せばいいんだろう。

 

ドラマや漫画みたいなドラマチックなエンディングが用意されてない私たちは

何を目指して生きていけばいいんだろう。

 

多様性、自由…聞こえはいいけど

昔に比べると沢山ある選択肢の中で、彷徨って、

“なんとなく不幸” な人達が多すぎる気がする。

 

私だって、“普通に” 幸せに生きたい。